昨日の残り物カレー

僕の一人暮らしの思い出と言えばカレーが思い浮かぶ。

 

僕は大学生になったタイミングで一人暮らしを始めた。

 

もともと一人暮らしをしてみたいと思っていたし、おそらくほとんどの大学生はそう思っているんじゃないだろうか。

 

一人暮らしを始める前は期待に胸を膨らませていて、一人暮らしをしたいがためにわざわざ実家から少し離れた大学に進むことを決めたぐらいだった。

 

いざ一人暮らしを始めてみると、数日は一人きりであることや、まわりに知り合いもいないことに不安を感じていたが、大学が始まるにつれて知り合いや友達ができ、そういった不安はしだいに消えて一人暮らしならではの開放感や自由さを感じ始めていた。

 

そんな感じで順調に始まった一人暮らしだが、一つだけ大きな心配事があった。

 

それは、食事、である。

 

一人暮らしの男性の場合、カップ麺やレトルト食品で簡単に済ませたり、外食をしたりといったパターンが多いと思うが、僕はあまりカップ麺などが好きではなく、お金があまりなかったり、そもそも周りに飲食店が少なかったこともあり、自然と下宿で料理をすることになった。

 

しかしそれまで一度も料理をした経験がなかった僕は、どういった料理が簡単に安くできるか、といった知識がまるでなかったため何を作ろうかと悩んでいた。

 

その時僕はいつも実家で食べていた、「昨日の残り物カレー」の存在を思い出した。

 

僕の母親の作る料理の一つである「昨日の残り物カレー」はその名の通り、昨日の晩ご飯の残り物を具にしたカレーである。

 

僕はこのカレーが嫌いだった。母親の作る料理自体は可も不可もなく、どちらかと言えば美味しいなと思いながら食べていたのだが、「昨日の残り物カレー」だけは別だった。

 

昨日の残り物にはもちろん色々なパターンがあり、肉じゃがとかあまりカレーの具と大差ないものだと全然大丈夫だけれど、サバとかイワシなどの魚料理だとだいぶ怪しくて、焼肉とかお好み焼きとかで使わなかった食材を入れたものは正直言ってまともに食べられたものではなかった。

 

そこで僕は、今まで碌に料理をしたことがない自分でもさすがにこれよりは上手く作れるのではないか、と思い立ちカレーを作ってみることにした。

 

僕はネットで一般的なカレーの材料や作り方を調べてスーパーに材料を買いに行き、書いてあった通りにカレーを作っていった。

 

料理自体初めてだったため、野菜のサイズや炒め方などがいまいちだったり、そもそも鍋のサイズが間違っていて材料が入りきらなかったり色々とトラブルはあったものの、なんとか普通のカレーを作ることができた。

 

出来上がったカレーは自分で苦労して作ったということもあり、とても美味しかった。

 

しかし、何かが足りなかった。

 

何かもやもやした感情が僕の頭の中に渦巻いていた。

 

なんなんだろう。書いてあった通りに作ったし、実際食べてみたら美味しかった。でも、何かが違う、何かが足りない。そんな感じがした。

 

それからも僕は何度かカレーを作ってみたが、このもやもやが解消されることはなかった。

 

そしてその年の夏。

 

夏休みを利用して実家に帰った僕は、初めて実家に帰るという経験をしたことはそこそこに、母親にカレーを作ってくれるようお願いした。

 

昨日の晩ご飯はタコ焼き。僕の実家ではタコ焼きに色々な具材(白菜とかコンニャクとか)を入れるのが定番になっていたので、次の日のカレーにこれらの具材が使われることは簡単に想像できた。

 

そして次の日、「昨日の残り物カレー」はタコ焼きの名残りを残して僕の目の前に現れた。

 

これを食べると、あのもやもやの原因がわかる。そう思って僕は嬉々として「昨日の残り物カレー」を食べ始めた。

 

まずい。

 

なんとも言い表しづらいまずさだ。

 

そう思った次の瞬間、僕は不思議な感情に包まれた。

 

 

なんなんだろう、この安心感は。この愛情は。

 

料理から愛情を感じるとか、そんなことあるわけない。うまいか、まずいか。そのどちらかで、それ以外の感情があるわけない。そう思っていたが違った。

 

このカレーには間違いなく母親の愛情が詰まっている。テレビ番組とかでおふくろの味に感動する、安心する、といった光景を見たことがあったが、まさかこんなものだとは思ってもいなかった。

 

確かにカレー自体はあまり美味しくないし、言ってしまえばまずい。しかしそこには僕なんかには到底作ることのできない母親の思いが詰まっていた。

 

その晩、僕は母親に今までこのカレーを正直まずいと思っていたこと、しかし今回はまずいながらもそこに深い思いを感じたことなどを伝えた。

 

母親の返事は、へぇ〜そうなんだ、といった感じのなかなかに軽いものだったが、それはもうどうでも良かった。

 

僕は一人暮らしをしたことで、ずっと実家にいた場合ではできない経験をすることができた。

 

これはすぐには次に活かせるものではないけれど、もし僕が今の母親のような立場になった時に上手く伝えられればいいなと思う。