作られた天才の小さな一歩

小学生の頃、僕は周りから一目置かれる存在だった。

 

小学四年生になった春、僕は親の教育方針により塾に通うことになった。特別勉強が出来るとも思っていなかったし、かといって学校の勉強についていけないわけでもなかったけれど、勉強自体は嫌いではなかったので、塾そのものにはそこまで抵抗はなかった。

 

それでも、塾はとても難しい勉強をするところだと思っていたし、実際に入塾テストを受けた時も半分くらいしか解けなくて、もしかしたら落とされるんじゃないかと思ったくらいだった。そして、なんとか合格して実際に塾に通い始めるようになってからも、周りの子たちが学校の同級生たちとは違って見えて、僕は気後れするばかりだった。

 

しかし、僕の塾での立場はある時を境に一変した。それは、塾に入ってから初めて行われたテストが返却された時だった。

 

97点。僕は算数のテストで97点を取った。もちろん手応えはあったけれど、難しくて厳しいものだと思っていた塾のテストでこんな良い点がとれるなんて思ってもいなかった。しかも、これはクラスでも最高点だった。周りは皆僕より賢い子たちばかりだと思っていたのもあって、ただただ嬉しかった。

 

それからも、僕はクラスでずっと一番だった。みんなが僕のことをすごいと言ってくれて、どうしたらそんなに出来るようになるのかと聞いてくれて、さらには僕のことを天才だと言う子まで現れた。それは流石に言い過ぎだよ、そう返しつつも、もしかしたら僕は天才なのかもしれないなと、そう思う自分もいた。

 

 

学年が上がって五年生になっても、しばらくは僕が一番だった。しかし、中学受験を意識してしっかり勉強する子も少しずつ現れ始め、僕の点数に並ばれたり、抜かれたりすることも少なくなくなっていた。

 

それでも、今回は僕の勝ちだ!とか、ギリギリ負けた〜とか、そんな風に言い合うのも面白くて、僕自身はその状況をそんなに気にしていなかった。

 

しかし、塾の先生の見方は違った。ある日の塾での面談の際に、僕は先生にこう言われた。

 

「このままだとダメだぞ。質問をするようにしなさい。」

 

僕は塾で質問をすることがなかった。なぜなら、授業を聞いて分からないことがなかったからだ。しかし、それは四年生までの話でもあった。

 

五年生になってからは、当然勉強する内容も難しくなり、僕でも分からないことが少しずつ出てきていた。そして、周りの子たちに並ばれるようになったのは、まさしくこれが原因だった。

 

しかし、僕は質問することが出来なかった。先生に分からないことを聞く、ただそれだけのことがなぜ出来なかったのか。

 

それは、僕が天才と言われていたからだ。周りの子たちからすごいと言われ、実際に自分のことをすごいと思い込んでいた僕は、先生に質問することを恥ずかしいことだと思い、また、周りの子たちが僕を見る目が変わってしまうのも怖かった。

 

恥とプライド、そんなものに縛られているうちに、僕の成績は下がっていった。あまりテストの出来の話をしなくなっていたのもあって、周りにはバレていなかったものの、天才と呼ばれた頃の面影はもうなかった。

 

 

もう、恥ずかしいなんて言ってられない。僕は決心した。簡単なことからでもいいからやってみよう。たった一つ、この問題の解き方が分からない、そう聞くだけのことだ。大したことはない。

 

質問は、小テスト終わりに前の机で待っている先生の元に行ってしなければならない。当然、クラス全員の目の前ですることになるので、僕が質問したことは一目瞭然だ。

 

もちろん、そんなことは分かっていた。分かった上での決心のはずだった。それなのに、僕はなかなか自分の席を立てなかった。立とうとしても、見えない力で縛り付けられているような、そんな感じがした。

 

やっぱり、ダメか…。そう思って前を向くと、先生が僕の方を見ていた。そして、僕と目が合うと、ニッコリと微笑んでくれた。

 

すると、僕は全身から力が抜ける感覚がして、気づいた時には席から立ち上がっていた。

 

無心だった。とにかく、先生に質問をしなければならない。その思いだけで前に進んでいた。

 

質問する内容もそれで良かったのかどうか、全く分からない。もっと他に聞くべきことがあったかもしれない。そう思ったけれど、先生は僕の質問にちゃんと答えてくれた。

 

 

その日の授業終わり、隣の席の子が僕にこう聞いてきた。

 

「先生すごい嬉しそうだったけど、なんかあったの?」

 

僕は少しドキッとしたけれど、すぐにこう返した。

 

「何もなかったよ。」